FC2ブログ
カクタス ホテルでお茶を一杯
猫にゃんの事や興味のある事、私の鬱病についてなど。更新停滞中。
2009/08/06(木) 15:21:47

理解してもらえないよね

先月だったか先々月だったか。
首をつるのに失敗したって話を、友達にした。
彼女は高校生の時からの付き合いで、私の数少ない友達で。
当時から今でも、とても信頼しているし、大好きだ。

先月、ちょっと家庭の問題が起こって、彼女に泣きついた。
その時、「今もまだ、キツイ薬を使ってるから、先生に『早く薬を減らしたい』って言われてる。だからこの間から、薬を変更してるんだけど、前のようなやる気が出ない」
と話した。
私は、今アルバイトしかしていない。
実は就活すらしていない。
時々登録している派遣会社から、オファーがあるので、エントリーするけど、一度も通った事がない。
だから私としては、今は病気を少しでも良くする為の、療養期間だと思ってる。

その事を彼女に話すと、彼女は
「元気が出ないなら、薬を元に戻して貰ったら? 完治するんじゃなくて、一生その病気と付き合っていく覚悟を決めたほうがいいと思う」
というような事を言った。

結構な衝撃だった。
彼女のお母さんが、脳卒中を起こす可能性を抱えて生活している、という事は聞いている。
彼女はそれと同じようなものだと、考えているようだった。
全然違うんだって事を、全く理解してもらってなかったんだ。

一生さ、「自分は存在していては、いけないのではないか?」
って気持ちを抱えて生きていくのって、さ。
そりゃ「いつ死ぬかな分からない」のも、かなり不安だと思うけどさ。
「自分はオカシイんだ」って、周りと絶対に連帯感をもてない、こんな生活をさ、一生続けろって、ねぇ?

そんなの、絶対に寿命の前に、死ぬに決まってる。

この、自分がバラバラで、無気力で、常に何かに劣等感を持って、人と付き合うのが怖くて、自分が大嫌いな、今の私を。
どう続ければいいのやら。
今死んでないのは、「いつか治る」っていう、細ーい糸にすがってるからだと思うんだ。

やっぱ、健康な人に理解してもらおう、なんてのが、無茶な話なのかな。

・・・・・・・・・・・・疲れたなぁ・・・・・・・。

スポンサーサイト



 
2009/06/09(火) 13:26:49

一瞬の殺意


先週の火曜日に、ヒステリー起こしちゃって。

理由は(今の自分的には)たいした事なくて、家族が私の物を勝手に片付けたせいで、ヤフオクで売ってる商品が、行方不明になった。
売れちゃってて、入金まで済んでるのに、今更「なくしちゃいました」なんて言えないなって。

物置にしている、元妹の部屋で、そこらへんの本を、片っ端から部屋に散乱させて。
廊下にあったゴミ袋を見たら、私が気に入ってる物まで、捨てられてて。

プツーンと切れちゃって、袋を思い切りよく逆さにして、中身をぶちまけて。
私の部屋の真ん前なんだけど、今でもそのまま。
不自由はないから、どうでもいいのだ。

で、ヒスを起こした状態でバイトに行って。
その間中、ずーっと

「もうダメだ、今日死のう、死ななきゃダメだ」

って考えてて

帰ってから、急いで紐を捜して

昔『完全自殺マニュアル』って本があったのね。
そこに、「首吊りが一番楽な自殺方法」「ドアノブでも首は括れる」って書いてあったの。

だから、紐をドアノブにかけて、殆ど躊躇なく、輪っかに顔突っ込んで全体重をかけたのさ。
そしたらさ

紐がスルっとノブから外れて、ドスンって尻餅ついちゃった。

ドアノブって、握りこむタイプと、レバー式のとあるやん。
レバー式だと、引っかかるところが無くって、身体の厚みの分で、簡単に抜けちゃうんだね。

しばらく呆けてたんだけど、「いやいや、早く死ななきゃ」って、新しく首括れる所を探して
自室のカーテンレールが、かなり太いのを発見して、そこにまた紐を通して、輪っか作って顔を突っ込んだんだけどね



死ねないんだなぁ、これが。


輪っかに首を突っ込んで、咽喉に紐の圧迫感を感じながら

「何か私、忘れてる事ない?何か忘れてる・・・?」

って考えちゃって。

バカだよねー
結局未遂のまま、そこにへたり込んで、延々またべそべそ泣いて、そのまま終わっちゃった。


自殺って自分に対する殺意だと思う。
「殺意は一瞬の衝動」って、小説にあったんだけど、本当だなーって
ドアノブで失敗した時点で、今回の殺意は薄れちゃったんだよ。


もったいない事したなぁ・・・。






今は仕方ないから、生きてるけど。
どうして簡単に死ねないのかな?
本能かな?


仕方がないから、毎日自分に呪詛をかける

「アタシなんか、死んじまえ」

ベッドに寝っころがって、まだカーテンレールにぶら下がってる紐を見ながら、毎日毎日


「死んじまえ」






 
2009/05/25(月) 12:39:00

違和感

昨日、バイト先で、おばちゃん達が話してた。
子供の同級生の子のお母さんが、自殺したって。

「鬱病だったらしいよ」
「ああいう人達は、『自分が生きていてはいけない』って、思うんですって」

「?」
って思った。
で、
あー・・・・そっかぁ。
《普通の人達》って、自分が生きている事に、何の疑問も持たないんだぁ。
って、何か不思議な気がした。

どうやったら、当たり前に、自分が生きている事を、肯定できるんだろう?
「生きていてもいい」って、何を根拠に思えるんだろう?

それにしても。
私は、自分が何も持っていないから、生きている意味がないって思ってたけど。
子供がいたり、恋人がいたり、自分がいなくなると、酷いダメージを受ける人がいる人は、生きていていいって思ってたんだけど。
まだ中学生の息子さんがいる人も、鬱病で自殺するってことは、そういうものって、生きることへの鎖にはならないんだなぁ。




病院の先生には、「鬱病の人は、そういう答えの無い問いを、自問自答するんだよね」 みたいに言ってたけど。
でもさぁ、生きる意味って、大事なんじゃないの?

自分が生きている事を肯定するって、どんな気持ちなのかな。
確かに昔、まだ病気になる前は、そんな事、考えた事もなかったけど。
もう忘れちゃったな。肯定の仕方。















いつか、「生きててほしい」って、誰かに言ってもらえたら。
夢なんだけど。



 
2006/03/12(日) 23:40:59

鬱の症状

相変わらず鬱病は治る兆候を見せません。
最大の理由は、少しよくなると何故だか薬を飲む事を忘れてしまう事でしょう。
1,2月がそうでした。気付いたら1ヶ月近く全く薬を飲んでいませんでした。
おかげでまたもや、どん底の精神状態になりました。
手っ取り早く言うと、「死んだ方が楽かな~」と思ってしまうのです。
全てが面倒で、全てが煩わしくて、全てが自分を必要としていないという事を分からせようとしているようで、「生きている意味」がない事を実感します。
「死ぬ理由」なんて簡単なんですよ。
タイミングと状況が揃えば、いつだって死ねると思うんです。
例えば旅行の申し込みをした2時間後に、首吊って死んじゃった、なんて事はありうる事です。少なくとも私には、アリな事です。
「楽しい事をしよう」と思った事も事実でしょうが、それよりも後に来た「死のうかな」という気持ちと、状況が揃ってしまえば、そりゃ死んじゃうでしょう。
で、この「死ぬ」と言う行動ですが、私にはどん底にいても、何故かとてつもなく冷静で現実主義なもう一人の自分が常に側にいて、「オマエに頚動脈を切れるくらいの度胸があんのかよ」とか、「首吊るって言ったって、ロープから用意しなくちゃいけないのに、そんな事してる間に、どうせ気が削がれるだろ」とか言ってくる訳です。
そんな冷静な自分と、ある意味感情的な自分が、常に頭の中で言い合いをしていて、その内冷静な自分の思う通りに、気が削がれて、結局その場に倒れてジッとして動く気力が出るまでの間、泣いて過ごすのです。
こんな事の繰り返しで、もう彼此4年が過ぎようとしています。
最近はコレに、生理前の鬱がプラスされました。
勿論これは、所謂「ブルーデイ」と言うようなカワイイものではありません。
もの凄く大きな劣等感や自己嫌悪が、ちゃんとした形を持たずに私を覆いつくすのです。
こればっかりは上手く言葉で言い表せないのですが、自分に対する敵意を内側から向けられている様な、「オマエなんかに生きてる資格があるわけないだろう」と言われている様な、なんとも強烈な負の感覚に侵されるのです。
一過性なので、ベッドや机に突っ伏して、その感覚を我慢しているうちに、外界から何らかの刺激を受けて(例えば誰かに呼ばれるとか、電話がかかってきたりとか)、何とかそれを振り切ろうとします。
でも外界からの刺激に反応できるようになるには、結構な時間がかかるので、だいたい半日くらいそれの繰り返して、ようやく普通に動けるようになるのです。

いったいいつまでこうしているんでしょうかね?
大人になりきっていないから、こんな風になるのか、元々何らかのムリが祟ったのでしょうかね?
病院の先生はあまり突っ込んだ話はしないので、よくは分かりませんが、鬱病の人ってこんなもんなんでしょうかね?
どうやって治るんでしょうかね、コレは。
本当に薬だけで治る日が来るのでしょうか?
こんな問題を抱えて、それでも一応は社会の中でやってるんだから、人間ってのはどこまで図太いんでしょうかねぇ?(笑)

いつか、「そういう大変な時期もあったなぁ」なんて思える日が来ることを、少しだけ願いながら、今を生きています。